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仙台高等裁判所 昭和37年(ラ)54号 決定 1963年2月25日

抗告人 大沢クメ(仮名)

相手方 大沢勇(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の理由は別紙記載のとおりである。

当裁判所も原審判と同様の理由で、本件については記録にあらわれた諸事情だけでは、まだ民法第八七七条第二項にいう「特別の事情」ありということはできないから、本件申立はこれを却下すべきものと判断するので、原審判の理由記載をここに引用する。

なお、抗告理由一にいうように抗告人が相手方にだまされて相続権を失つたというような事実は記録からは全く窺えない(かえつて原審における抗告人本人の審問の結果によれば、抗告人の亡夫大沢久吉の遺産は同人の遺言によつて相手方夫婦に遺贈されたことが推認される)し、同二にいうような事情は記録から察せられないわけではないが、本件ではまだこれをもつて「特別の事情」となすに足りない。

よつて原審判は相当であつて、本件抗告はその理由がないから、民事訴訟法第四一四条、第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高井常太郎 裁判官 上野正秋 裁判官 新田圭一)

別紙

抗告の理由

一 申立人は亡大沢久吉の後妻で入籍している。従つて久吉死亡の際は不動産の三分の一の相続権を有していた。然るに相手方は久吉の遺言書により全財産を相手方及び其の妻ミチコが相続するものでありとして検認の手続の申立をなし、申立人及び相手方の弟正衛に対して自分等が相続してから財産を分与するから異議をいわないでくれというのでそれを信じて相手方等に相続させたものである。然るに相手方等は財産を相続するや全然経済的援助をしてくれない。申立人が久吉死亡前同人が中風で倒れたとき別居したのは、そうしなければならないように相手方等に仕向けられた為であつて申立人としては側にいて死水をとりたかつたのである。相手方に騙されて相続権を失つた事はこれ即ち特別事情の一であるというべきである。

二 申立人には現在相手方以外扶助を受くるに足る親族は一人もいない。現在なる程玉井実さん方で住み込みで二、〇〇〇円をもらつておるから生活に事かくことはない。然し現在満六五歳という年齢では働きもそう長く続けることも出来ない。今でも満足な働きは出来ないのである。扶養能力ある親族が他に一人もないことは明かに特別事情と見なければならない。

参考

原審判(盛岡家裁二戸支部 昭三六(家)四六号 昭三七・六・一八審判 却下)

申立人 大沢クメ(仮名)

相手方 大沢勇(仮名)

主文

申立人の申立は之を却下する。

理由

本件申立の趣旨は「相手方は申立人に対し、昭和三六年一月以降申立人生存中一ヵ月金六、〇〇〇円宛若しくはこれに替え一時金として金五〇万円の扶養料を支払え」というに在り。

又申立の理由は申立人は相手方大沢勇の実父久吉の後妻として昭和一三年一一月八日婚姻し同二六年一〇月一五日久吉死亡するまで久吉や其の子供等と生活を共にし其の面倒を見て来た。

然るに久吉死亡するや相手方は其の妻ミチコと共に久吉の遺産全部を相続し申立人は何等相続すべき不動産を与えられなかつた。そこで申立人は止むなく働きながら自分で生活して来たが今や老齢六〇歳を超え自活することが困難となつて来た。相手方は申立人の夫久吉の長男であり其の妻ミチコは申立人の実兄笠井太郎の女であつて従つて申立人の姪にあたつて居り共に申立人に対する扶養義務者である。

而も相手方がその妻ミチコと共にその父久吉死亡により相続した土地の時価は数百万円に達しておりこの財力を以てすれば申立の趣旨記載の扶養能力を十分具備しているものというべきであるというにある。

審案するに、記録添付の各戸籍抄本並に謄本によると申立人が昭和一三年一一月八日大沢久吉と婚姻したこと、右久吉は昭和二六年一〇月一五日死亡したこと、相手方勇は右久吉と其の妻ツユとの間に生れた子であつて、従つて申立人とは所謂継親子の姻族の間柄にあること、相手方の妻はミチコであつて同人は申立人の実兄太郎の女であり従つて申立人とは叔母姪の血族の間柄にあることが夫々認められる。

次に申立人および相手方に対する審問の結果を綜合すると申立人の夫久吉は中風の為約一一年間寝ついた挙句前記のとおり昭和二六年一〇月一五日死亡したものであるが、死亡前少くとも三年前には申立人は特に相手方から追出されたという様な事情もなく一応自分の都合によつて婚家を去り其の為相手方一家とは親族共同生活の実を絶止したまま今日に至つているものと認められ、従つてこの点に関する申立人が右久吉死亡するまで久吉や其の子供等と生活を共にし其の面倒を見て来た旨の主張は認めるに由ないし、一方申立人は現在福岡町石切所の玉井実宅に小守兼留守番として住み込み月々二、〇〇〇円の報酬を得て一応の生活を維持しておることを認めることが出来る。憶うに各人の生活は原則として各自の責任と能力に依つて之を維持すべきものであつて、止むなき事情があつて他に頼つて生活しなければならない羽目に立ち至ることは何人も敢えて望まないところの例外の場合に属すること謂うまでもなく、現行の法制も同様の建前に立つものと謂うことが出来る。

従つて老廃疾不具等に因り不幸にも自己の力のみで生計を立て得ない者ある場合、周囲の親族故旧等相寄り相扶けて進んでこれを扶養するが如きことは人情洵にうるわしい事柄であるけれども、これを敢て万人に期待することは殆んど不能の事に属することであつて、特に法律上本人の意思如何を問わず敢てこれに対し強制的に扶養義務を科する場合は自ら一定の限界の存すること亦理の然るべきところである。

法律が扶養義務者の範囲を原則として身分関係の密着した直系血族及び兄弟姉妹間に限局し、例外的に更にその範囲を拡げ三親等内の親族にまで及ぼす場合は特に何等かの「特別の事情」の存することを要する旨明示した所以も亦同様の理由に因るものと解すべきものである。

而して本件については申立人と相手方夫婦は前記のとおり右に所謂三親等内の親族の間柄にあるのであるから同人等に申立人に対する扶養義務を認めるためには先ず以て法に所謂「特別の事情」の有無を判断しなければならない。

然るところ申立人が病弱となつた事情が仮りにあつたとしても兎に角其の夫が病床にあつたのも顧みることなく其の死亡前数年敢て婚家を去り其の後十数年後の今日に至るまで婚家である相手方との親族共同生活を絶止したままにしており、且一応今日申立人は他家に住み込んで報酬を得て生活を立てて居る前記の事情から考えると直ちに相手方に対して扶養義務を認める特別の事情ありとは認めるわけには行かない。

申立人は相手方夫婦が申立人の夫久吉死亡後其の遺産の全部を相続し何等申立人に均てんさせなかつたこと、その遺産により時価数百万円の財力を有するに至つており扶養能力十分なることを理由としておるけれども、なる程記録添付の各登記簿謄本によると相手方夫婦が久吉の遺産である土地建物等時価相当多額のものの遺贈を受けておることは認められるがこれとて直ちに現金化し得ると認めるに足る十分な証拠もなく、他方相手方および南田次郎に対する審問の結果並びに記録添付の軽米町長および軽米第二区受持警察官(佐藤)各作成名義の報告書の記載を綜合すれば申立人が必ずしも有り余る程余裕ある生活をしておるともにわかに断定するに由なく以上彼此考え併せると本件につき相手方に対し扶養義務を法律上敢えて科するに足る「特別の事情」ありと認めるに足りないから結局申立人の申立の理由はないものと認める。

仍て主文のとおり審判する。

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